無題

吉本隆明が「人類は反原発でサルになる」と語って叩かれてましたけど、これはわたしもそう思います。「人類は原子力という恐ろしくて人間の手に負えないものを生み出した」と、よく言われますが、もともとサルだった人類にとってはほとんどすべて手に負えなかったものを、そのリスクを受け入れてトライ&エラーを繰り返しながら危険回避の知恵を技術を獲得し、そのリスクに対する対価を有効利用することで進化してきたわけで、ゼロリスクを求めて「恐ろしく人間の手におえない」という現在からの視点で物事を考えたら技術の進歩はありません。こどもの頃、SFで銀河を超えるロケットやロボットに憧れましたが、100年単位のスパンで考えると、確実に化石燃料は100年もたないことから、200年後の人類は自然エネルギーと原子力でエネルギー問題を克服しているはずです。そして、そのエネルギーを基に、ロボットだのロケットだの夢の技術が実現されているのではないかと想像します。その頃には大昔に起きた福島の事故による低線量被爆に関する統計的なデータもそろい、除染の技術も進み原子力をコントロールできる国が、すなわちエネルギーをコントロールし世界を制しているものと思います。駅前で「世界は終わります、イエスキリストは観ています」というのと同じレベルで危険だけを煽り、危機を克服する技術を何も生み出さない、なかば昔の左翼的、宗教家的な科学者を信じて、「原子力」を悪者とし、原子力に対する技術を何も手にしなくなった国家は、すべての源泉となる未来のエネルギーの可能性を放棄してりまうわけで、200年後には、隣の大国に飲み込まれて滅亡しているかもしれませんね。

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収納の問題

昨日書いた音楽ソフトの投げ売り問題についていろいろ考えていたところ、昔あったようなレアなアナログ盤を商材にしていたような中古レコード屋などは、もうすでになくなっているのではないかという興味のもと、昔よく行ったレコード屋の名前を検索していたところ、下北沢にあるレコード屋が今はCDのソフトケースを販売していて、今やかつての本業より、そちらのほうが有名みたいな記事をみつけました。
実は、私も、今年、またソフトを買い始めたこともあって収納問題が深刻になったために、いろいろ考えて、プラスチックケースを思い切って破棄して、ビックカメラで買った廉価のソフトケースと、それが折れずに収まるサイズで、100枚弱収納できる持ち運びできるプラスチックケースというソリューションで圧縮することにしたので、やはり考えることは同じでみなそれを必要としているのだなあと思いました。
ビックカメラなどで売っている廉価のソフトケースの場合、CDジャケットの背の部分が折れて切れやすく保護できないという問題があり、保存をまじめに考えるのであれば、タワーレコードで売られているようなものを買ったほうがよいのだとは思いますが、もう今更お金を出したくないので、面倒なんで、私は今ので充分です。
できれば、ジャケット部分だけを会員カードのようにラミネート処理することも考えていますが、たぶんそんな暇はないでしょう。

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デフレ

数ヶ月前、昼休みに渋谷のタワーレコードで Dr. John とかブーチーのCDが5枚で2500円という値段でワゴンで陳列されているのを見つけて、昔はアナログ版を結構なお金を叩いて買っていたのにいい時代になったものだなあと思いました。このような売り方をせざる得なくなったのは、ituneの登場で例えば好きな曲をituneで1曲買いしてしまえば、高いお金を出してCDを買う必要はなくなるわけで、やはりituneという音楽ダウンロードの仕組みが出てきたため、どうせならマニアを対象に、どうせ買うなら昔ながらのアルバム買いで最後のひと絞りでも利益を得ようということなのかなと思います。デジカメや液晶テレビの価格も海外との価格競争で安くなっていて、メーカーはいったいどこで利益を上げるんだろうと、こちらが安く変えてうれしいと思う反面、この前NHKの特集で見たように、日本人が海外の工場とコスト面で勝負するには、ロボットのように極限までミスなく高速に働くしかないということで、涙ぐましい努力と過酷な労働を強いられているメーカーの工場の人たちにも同情します。ただ、まあ、実は当然、これは工場の労働者以外の、日本人にとっても他人事ではなくて、物の価値の減少は経済の全体の縮小につながるわけで、このままこのデフレスパイラルが続いて行けば、給与の削減と、リストラ、失業と暗い未来が心配になります。
ちなみに、Amazonでは、タワーレコードで2500円のものが2000円以下で買えて、Amazonのリンクで紹介されている海外の業者だと、さらに200円くらい安かったりします。
すでにHMVもなくなっていますが、タワーもAmazonという黒船で消滅寸前なのでしょうね。
今後TPPでそれ以外の流通業にも、同じことが起きると考えると日本の失業率はさらに上がるのでしょう。

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ポピュリズム、独裁

ついこの前Twitterをやめました。理由は、144字以内につぶやきに不健康なコミュニケーションを感じること、そして影響力のある人間がTwitterにより、事実による裏付けのない発言、リツイートを行うことに何か危険なものを感じるからです。
Twitter革命と呼ばれているアラブ各国の民主化においては、完全に報道を国家権力にコントロールされている恐怖政治下の弱者によるボトムアップの情報共有ということで、確かにTwitterの民主化への貢献は高かったと思います。
しかしながら、いかに大週刊誌の記者が意図的なネガティブキャンペーンを行ったとしても、先週、元府知事がやった個人名をTwitterにさらし、スキャンダルを数万人のフォロワーに向けて、スパイし、それらの記者の不名誉なさらせと発言した好意は明らかに異常です。元府知事は、先週は、短時間に何度もそうした週刊誌を「バカ」呼ばわりするツイートを繰り返し行ってますが、権力者が裏付けもなく不特定多数の国民に記者の不名誉な情報を公開しろと訴えるのは、逃亡中の半狂乱になったカダフィー大佐が「ネズミどもをとっつかまえろ」と発言したのと似ています。
元府知事は改革をするのは独裁も必要と語っていますが、それはまさにその通りです。ただ、権力者が自分が独裁であると開き直り、「都」という言葉へのあこがれなのか、それが何か変えてくれるのではと愚かにもそれに熱狂している人が多いというのはひじょうに怖いです。
同じく巧みな扇動者だった小泉首相の「構造改革」の時もそうでしたが、「構造改革」というものがデフレを進め、自らの仕事をも奪うものだということをこれらの人はよく理解できていないのでしょう。2重行政で無駄もあるから仕事もその分生み出しているわけです。破綻しかけた大阪なので、赤字削減、税制規模縮小というのもわかりますが、このデフレの時代に財政の合理化が人々を豊にするとはとうてい思えません。
大阪府民と市民の見識を信じています。

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TPP

普通にマスコミで報道されていた「農業 対 工業」という画一的な議論に出てくるものと同じ範囲で、単純に人口が70億を超え、水と食料の奪い合いは必須となることから食料自給率は維持し、もしもの場合に備えて外国への依存度を高めるべきではないという意見だったので、当然、私自身も、TPPには元から反対だったのですが、先日の朝の特ダネの放送における中野剛志氏の悪態、切れた態度を偶然見てしまい、マスコミで報道されている関税障壁のこと意外の、医療、食品など非関税障壁の撤廃についての影響、実際に想定されうる経済への影響に対して考えさせられました。おそらく中野氏はフジテレビには出入り禁止なのでしょうが、確信犯的な捨て身の悪態で目立った上で、あの短い時間で理路整然とした論理を展開し、事の重大さを理解させてしまうところはあっぱれだったと思います。その日は家族全員でYouTubeで同日の放送を再度確認し、中野氏の「TPP亡国論」と合わせて、その他1冊TPPに関する新書を購入し、読みました。
その後、意識してマスコミのTPP関連の報道をウォッチしていますが、最近は、TPPにより穀物ロビーの圧力を受けたアメリカ政府の圧力で「遺伝子組み換え原料を含んでいます」などの表示が撤廃させられるということや、日本が誇る混合診療による手厚い福祉が、金がないと治療が受けられず、金で寿命を買うと悪い市場原理に侵された米国医療に浸食されるということについては少しずつ放送されているように思います。
しかしながら、中野氏の論点の一つでもある現実の経済への影響、雇用への影響ということは残念ながら報道されていないように思います。
実際に海外に工場を持つグローバル企業はTPP参加でも困らないこと、すでに特定の農産物以外の関税は他国と比較しても低く設定されており、その意味では日本はすでに開かれていること、数パーセントの関税よりも日本の輸出を不利な状況に追い込んでいるのは円高であり日本政府の対応が中途半端、効果的でないこと、そしてもっとも重要なのは、最大の貿易相手国である米国に対する関税自主権を失うことで日本人の雇用に大きく影響するデフレのコントロールがさらに困難になることなど、単純に「平成の開国」、「グローバル」という言葉にのせられ、貿易立国である日本に生き残る道と信じてしまうくらいにメディアに洗脳されてしまっている人たちは、もっと考えるべきだと思います。
首相は「失われた20年を取り戻す」と話していましたが、ここ数年の経済的停滞の原因は、「改革」という言葉にごまかされた、米国金融ロビーに動かされた米国政府の金融規制緩和の要求にのせられた、悪い規制緩和と、デフレを生む結果となった日本政府の悪い「構造改革」によるものではないのか。失われた20年を取り戻すどころではなく、さらに損失を広がる結果になることは明白だと思います。




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死後の世界と宗教

私は特定の宗教を信仰しているわけではないですが、心霊現象を見たという人の言葉は信じています。ただ、そうした心霊現象をたとえ自分が見たとしても、怖くは感じないと思います。というのは、人間を含め生き物は体中にはりめぐらされた神経、五感で世界を知覚し、脳というタンパク質の塊でその人個人の記憶の体系とリンクしながら解釈しているわけで、結局のところ人は自分の脳を通じてしか「世界」が見られないためその人個人が「現実に起きた」と判断したことはその人にとっては真実であると考えるからです。
結局、「客観的」と言われている真の現実とは、複数の人間がそれぞれにとっての現実を言葉を媒介にして他者に伝え、大多数の人間が「真」とした現実が客観的な現実とされているだけに過ぎないのではないでしょうか。
この論理をベースに考えるので、私は死後の世界、地獄の存在ということも信じています。
臨死体験をしたという人の話に共通に出てくるのは、死にそうになったその時に万華鏡のように過去の記憶が見えた、時間が経過が遅くなったということです。私はおそらくこれが脳科学的にみても合理的な現象なのではないかと思うのは、心肺が停止し血液と酸素が行き届かなり、脳を構成する神経網の一つ一つが氏に行く過程で、脳の視覚野に死に行く神経細胞にある記憶がフラッシュバックしていくような回路になっているのではないでしょうか。臨死体験時に時間が遅くなるというのは、壊れたラジカセが音楽を再生し最後にストップする時のように、世界を知覚している脳自体の処理速度が遅くなっているため、現実世界の絶対時間より遅く時が流れて行き、実際に最後を迎える死の瞬間には、個人の脳が知覚する時間は永遠になるのではないのだろうか。数字をゼロで割り算するとその値が無限大になるように。
客観的にみると、人は死によってただの肉の塊となり、焼かれることで無になるだけですが、その人にとっては、生きてきた時の記憶を見ながら、無限の時間のなかで生きて行くということになるのかもしれません。
私は宗教は信じていませんが、宗教に効用があるとすれば、「信じることで救われる」という教えを信じることで、過去の罪は償われたと思い込み、記憶の神経細胞のネットワークから嫌な思いだを消し去り臨死時にフラッシュバックしないようにすることなのではないかと思います。
おそらく古今東西大宗教からカルトまで数多くの宗教と呼ばれるものは、この死への恐怖を巧みに利用して信者を獲得してきたのでしょう。

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鬼怒川のカミキリムシ

先週の連休の後半、家族4人で日光と鬼怒川温泉へ観光に行ってきました。
一昨日、また、放射能汚染状況の地図が政府から公表されましたが、栃木の那須、日光方面は原発が爆発した日の風の通り道になっていた地域の一つで、実際に放射能に汚染されていることを示すオレンジの帯がかかっていました。公式な汚染地図が公表されたのは、先週ですが、爆発時の風の通り道についての調査結果は2ヶ月くらい前に新聞には掲載されていたので、当然、そのことは理解した上で子どもを連れていったわけです。そう考えるに至った経緯については、長いので今後、ここに数回にわけて書いていこうと思います。
うちは車がないので、日光には東武鉄道で行きました。おそらく東武日光線に乗るのははじめてで、浅草を出るとすぐ、話題のスカイツリーが見えたりで観光ムードで楽しいスタートだったのですが、都心から離れて、住宅の密度がまばらになって行くにつれ、車窓から畑や田んぼが見えてきます。それは本来、ごく普通の日本の田舎の景色のはずなのですが、その普段と変わらない美しい日本の風景が実は目にはみることのできない放射能で汚染されてしまっていて、そこで生産されている農産物は少なからず風評被害の影響で差別されていることを考えると、なんともいえないつらい気持ちになりました。
ここで、あえて私は「風評」という言葉を使いましたが、実際に放射能に汚染されているので実際は「実害」であり、それはわかっています。汚染の度合いは離散的なものでなく連続した値で示され、どこから先が有害ということは明確にはいえませんし、また、低線量の汚染については、原爆投下から半世紀以上経った今も結論が出ているわけではありません。あくまでも有害、無害の判断については統計学的にか言うことができず、原発を批判する人も、推進する人も、その統計学的な現時点出の結果を都合がいいように使っているのが現実ですが、私は、ここでは信用できないと言われてはいるものの政府の見解に基づいて、出荷制限がかかっていないものに対して消費者が敬遠することを「風評」とし、これからもこの「風評」という言葉を使って行きます。
日光では、鬼怒川温泉にとまり、龍王峡という鬼怒川の渓谷にハイキングに行きました。龍王峡には、会津若松まで相互乗り入れしている会津鉄道という電車でいくのですが、私たちが乗ったのは新しい車両の電車で、女性の車掌によるバスガイドのような会津の観光案内のアナウンスがあり、すぐ3駅で降りる私は申し訳ないような気になりました。鬼怒川はその前数日前の台風の影響もあってか、増水し勢いよく流れていましたが、鬼怒川にかかる吊り橋の上から見る景色はとてもきれいでした。
往復2キロ程度の道を歩くハイキングでしたが、終点に近いあたり、希少なかえるとサンショウウオの生息地という立て看板があるあたりで、妻が一匹のカミキリムシをみつけました。子どもは虫が好きなので当然持って帰って育てたいいました。私は、こういうことがあるだろうと予想し、この旅行の前に「放射能で汚染されているため、虫は絶対に持ち帰ってはダメ」と言ってあったのですが、しゃがんでカミキリムシをさわっている子どもを見ると、そうしたことは忘れて、虫を入れて持ち帰るためのビニール袋をリュックサックから取り出して子どもに渡していました。
その日はその後、カミキリムシのビニール袋に持ったまま、食堂に入ったり、長い時間電車に乗って帰りました。何度も子どもが袋をあけて様子をみるため、何度か脱走されそうになりましたが、今も家で飼育ケースの中で育てています。

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映画役者の役目

バラエティを録画することはほとんどないんですが、NHKの「あさイチ」に高良健吾が出演すると知り、録画までして、観ました。私はこのブログをみてもわかるように、映画が好きでテレビドラマは基本的に観ない人間なので、自分の好きな役者には、あまり自分を安売りしてくだらないテレビドラマは出て欲しくないと思っているのですが、映画をメインでやっている役者がたまに、テレビドラマに出るのは、日本映画のプロモーションにはよいと思います。ただ、映画を中心に活動している役者というのは、言われたことをやらされているのではなく、自分の思想をもって、マイナー、メジャーに関わらず出演映画を選んで出演する個性の強い人が多いわけで、例えば、大河ドラマのすぐ後に「少年メリケンサッック」に出てしまう宮崎あおいのケース以上に、「おひさま」で高良ファンになった人が「M」、「蛇にピアス」、「サッド・ヴァケイション」あたりをうっかり観てしまった場合を想像すると興味深いです。それを考えるとあまり、プロモーション的効果はないのでしょうかね。松田翔太みたいに、意識的にテレビ中心の役者がたまに、個性的な映画に出るほうが、本人が話しているように宣伝効果はあると思います。
「おひさま」については、新たなファンを獲得したことは、彼にとってもよかったと思いますが、結局、彼自身にとっては連ドラ初体験、いわばアウェーということもあり、テレビ役者の井上真央に完全に負けてましたね。彼には、やはり、今後も映画で個性を発揮し、活躍して欲しいです。

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義援金

震災後、かなり連日報道されるニュースに干渉され感情的になり涙もろくなってるんですが、NBAのデリック・ローズ、パウ・ガソール、アル・ハーフォート、ラッセル・ウェストブルック、ラマーカス・オルドリッジらが25-27日の試合で1点取るごとに1000ドルの義援金を送るというニュースに涙が出ました。日本と関係のある人間ならまだしも、あまり関わりのなく、NBAの人気も高くない遠い国のためにお金を出してくれる彼らの姿勢に涙が出ました。私は君たちを一生応援するよ。ありがとう。
ローズは前の試合24点、今日の試合は30点と活躍してました。

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リオデジャネイロ

石原都知事が好きでないということもあったり、どうしても財政面で税金がもったいないと考えてしまうこともあり、東京でのオリンピック開催には私ははっきりと反対だったのですが、報道によると150億近く既にお金を使っているということで、先週くらいから東京に資産を持つものとして、公共事業で経済効果もあるだろうし、せっかくここまでお金をかけたなら開催して欲しいという気持ちも出てきて、ドキドキしながら、今日の中継を見ていたのですが、やっぱり駄目でしたね。
ただ、ブラジルの人が喜んでいる様子をテレビでみると、やっぱりオリンピックは、かつてのソウルや北京がそうだったように、今、急速に発展している国の都市でやるべきでという元の考えに戻りました。そういう意味で、2度目ですでに発展、成熟している東京よりもリオを選択した委員の判断は自然、かつ、公正でよかったのではないでしょうか。
それに、ブラジルでの開催はサンバとカーニバルの国なんで楽しそうですよね。

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